福岡家庭裁判所 昭和45年(少)2715号 決定 1970年8月31日
少年 I・M(昭二七・一・二一生)
主文
本件申立を却下する。
理由
一、本件申立の趣旨および事由は、別紙申立書記載のとおりである。
二、そこで検討するのに、少年法一七条六項は、観護の措置は決定をもつてこれを取り消し又は変更することができる旨定めているのであるが、主張のように観護措置の執行停止を定めた規定はなく、また、少年保護手続における職権主義の性格からみて特別の規定のない限り少年、保護者、附添人等に、取消し、変更の申立権を認めるものではなく、右規定は単に、家庭裁判所の職権による取消し変更権を認めたにすぎないと解されるから、この規定を根拠として附添人から観護措置の取消し変更もしくは執行停止を申し立てることはできないといわなければならない。
のみならず、少年法一七条一項二号の観護措置は、家庭裁判所が審判を行うため必要があるとき、少年の身柄の確保と心身の鑑別を主たる目的としてなされる少年保護手続の一環を構成する処分であつて、被疑者に対する犯罪捜査を目的とする起訴前の勾留もしくは被告人に対する公判の審判維持を目的とする刑事裁判所の勾留とは、全く、目的、性質、内容を異にするのであるから刑事訴訟法に定めるこれら勾留に関する規定を(被疑者の勾留に代える観護令状による観護措置は格別として)審判のための少年の観護措置に無闇に類推するのは妥当ではなく(もつとも勾留の執行停止にも申立権は認められない、刑事訴訟法九五条参照)、その余地は存しないものと解すべきである。
しからば本件申立は、法令上の根拠を欠き不適法であるからこれを却下しなければならない。
三、もつとも法令上申立権のない申立であつても、家庭裁判所の職権の発動を促す趣旨でこれをなすことは可能であり、この種の申立に対して家庭裁判所は、一々応答する義務を負うものではないけれども、少年に対する少年鑑別所送致の観護措置が少年の身柄を強制的に収容する処分であつて、少年の人権に多大の影響のあることを考えると、本件申立が右の職権発動を促す申立であるとしても少年保護の理念に照らし関係者に納得を得させる方便としてこれに対する当裁判所の判断を示すこととする。
(1) 申立人は、医師○山○人の診断書の記載を引用して少年に対し治療の必要がある旨強調する。しかし右引用にかかる診断書の記載によれば、同医師は昭和四五年八月一〇日のレントゲン所見を基礎として少年に再骨折もしくは相当の損傷の発生を推測するものであつて、八月一八日の事件後になした診断の結果に基くものではないから右診断は単なる推測の域を出るものではなく具体的確実性に乏しいものである。反つて、医師○山○一郎の昭和四五年八月二八日付診断書によれば、少年の左尺骨骨折の損傷は、既に中央部において骨性癒着を来し仮骨形成も順調に進展しており今後自然自癒の予想であるというのであり、右診断によれば今直ちに観護措置の取消しをしなければならない緊急の状態にあるものと認めることはできない。
申立人は、少年鑑別所の医療設備が不完全である旨主張するが、本件少年を収容している福岡少年鑑別所は、多数の少年を収容する関係上、少年院及び少年鑑別所組織規程四条の二により医学の専門知職を有する職員をもつて組織する医務課をおき、各種薬品、医療器機器具など相当の医療設備を有することは当裁判所に顕著であり、また、右設備をもつて十分でないときは、少年鑑別所処遇規則三四条により家庭裁判所の許可をうけ、他の病院や医師に依嘱して手術その他の医療を施すことも可能であるから、申立人の危惧は全くの杞憂に過ぎないといわなければならない。
(2) 次に申立人は、少年を少年法二五条の試験観察に付すべきであると主張する。しかし、同法同条の試験観察は、原則として少年に対する審判を開始し非行事実を確定した後において、保護処分を決定するため必要があるとき家庭裁判所調査官の観察に付する旨決定するものであつて、未だ、審判開始決定前の調査段階にあるに過ぎない本件少年に対して軽々に試験観察の決定をすることは相当でないのみでなく、記録によれば、本件少年は、昭和四三年一〇月一四日暴行事件で審判不開始となり、同四四年八月一二日傷害事件で福岡保護観察所の保護観察に付せられていることが明らかであり、本件送致にかかる殺人未遂事件も保護観察中の出来事であつて、右の経過と記録上窺われる諸般の情状に照らせば、少年に対しては、身柄の保全、社会調査および心身の鑑別のため観護措置を当分の間継続する必要があると認めるのが相当である。
よつて主文のとおり決定した。
(裁判官 仲江利政)
観護措置取消申立書
少年 I・M
右の少年殺人未遂被疑事件のため福岡少年鑑別所に観護措置されているが、左記の理由により観護措置を取消されたくその申立をする。
昭和四五年八月二九日
右少年附添人弁護士 石井将
福岡家庭裁判所 御中
記
一 少年は既に上申書にて申述したとおり、左腕骨折が完全に治ゆしないまま現在福岡少年鑑別所に送致され、観護措置を受けている。
医師○山○人作成の診断書にも明らかな如く、八月一八日の本件被疑事件の際の急激な運動のため、仮骨形成過程であつた左尺骨骨折部が再び再骨折ないしは相当の損傷を蒙つたことは、八月一〇日レントゲン所見から医学的にも十分推察される。
然るに、現下の少年鑑別所では少年の左腕骨折を確かめるに必要な諸設備はもとより不備であつて、再骨折が判明した場合には手術はおろか完全な治療さえできない。
少年は現在左腕の痛を係官に訴えているが、医学的に十分な措置は何らとられず、このまま放置するならば少年の左腕に運動障害等の後遺症が残ることは必死である。
二 本件少年の少年鑑別所送致という観護措置は、実質的にみる限り、勾留と何ら異なるところはない。然るに勾留の場合裁判所は適当と認めるときに、勾留執行停止をすることができる(刑訴九五条)。少年法には、観護措置の執行停止を定めた直接の規定はないが、少年法一七条六項の解釈にあたつては刑訴法の右規定は、類推されてしかるべきである。
三 以上少年には観護措置を取消(執行停止)する合理的な理由があるので、本申立に及んだものである。
(なお付言するに仮に右の申立が認められない場合、少年法二五条の試験観察に付されたい。同法二五条二項三号は旧法四条五号九号「病院ニ送致又ハ委託スルコト」の規定を試験額察の段階において採り入れたものであり、少年法二五条二項三号は、まさに本件の如き事例を当然含んだ規定である。)